2020.01.09

研究レポート

2020年 デジタルマーケティングの論点~規制への備え、DX人材の育成、デジタルのコスト削減への活用が重要に~

はじめに

明けましておめでとうございます。株式会社WACUL取締役CIO兼WACULテクノロジー&マーケティングラボ所長の垣内と申します。

今年も「デジタルマーケティングの論点」と題して、経営者やマーケターの投資判断に役立つ情報を発信します。新年早々ではありますが、来期予算検討のお役に立てば幸いです。
(参考:昨年の2019年「デジタルマーケティングの論点」はこちら

本記事は、株式会社WACULが、デジタルマーケティングの勝ちパターンを自動で提案する「AIアナリスト」を3万サイト以上に提供する中で、特に注視している「デジタルマーケティングの論点」をまとめています。

昨年は研究所を立ち上げ、AIやマーケティングを研究・実践する専門家に参画いただき、共同で研究活動を推進してまいりました。デジタル活用の専門家たる研究顧問およびパートナーと意見交換したうえで、今年は「規制への備え」「DX人材の育成」「デジタルのコスト削減への活用」の3つの切り口から論点を発表します。

Cookie規制による「広告モデル崩壊」に備える

EUでのGDPR施行や、Facebookの個人情報漏洩事件から1年以上が過ぎました。今後は日本でもCookieを同意なしに利用することが難しくなるでしょう。個人情報保護委員会は2019年11月29日に、個人情報保護法の制度改正大綱の骨子案を発表しています。骨子案では、個人を特定する「個人データ」に該当しない情報も、条件によっては第三者提供を規制するとされています。条件によっては、Cookie情報も、利用規制の対象になる可能性があることを示しています。骨子案については2020年の通常国会に、改正法案を提出する予定とのことです。また、Cookieに限らず「店舗カメラ映像」や「購買履歴」など個人情報に類するデータは規制対象になり得ます。

Cookie等を用いた施策は、企業の信頼を損なうリスクがあるうえ、中長期ではビジネスの柱になり得ません。特に影響が大きいのはネット広告の効率悪化です。今から優先して検討すべき論点を以下に3つ挙げました。

1)ネット広告の原点回帰

Cookieの利用規制により一番影響を受ける広告は、リターゲティング広告(一度訪問したユーザを追跡する広告)や、類似ユーザターゲティング広告(特定のユーザと似たユーザを追跡する広告)などの「ターゲティング広告」です。これらの広告は顧客の獲得効率が高いため、多くの企業が依存しており、規制による影響は甚大です。

この「ターゲティング広告」は別の問題も抱えています。それは、掲載するサイトの指定が難しく、企業の信頼を損なう「不適切サイト」に広告が出てしまうリスクです。例えば、違法コンテンツをアップロードしている「漫画村」のようなサイトにも、自社の広告が出る危険があります。「アドベリフィケーション」という不適切サイトへの表示を防ぐ技術も提供されていますが、100%の精度では検知できず、本質的な解決にはなり得ません。

実はターゲティング広告の費用対効果が良いのは、安価に出稿できる「不適切なサイト」をかき集めているからに他なりません。複雑な技術を隠れ蓑に、不適切なサイトに広告を出してきた企業が規制されるのは、当然の流れと言えます。このように潜在的リスクだった「プライバシー保護」と「不適切サイト」の問題が、最近特に取り沙汰されるようになり、ターゲティング広告はリスクを取れる企業だけが用いる「禁じ手」になりつつあるのです。

今後、企業はブランド毀損の恐れがない「権威あるメディア」への広告掲載を余儀なくされます。こうしたメディアへの広告掲載は高額で費用対効果は悪化しますが、メディアの価値という観点からはフェアバリューだと言えます。

誤解を招かないように補足すると、ターゲティング広告という技術自体には未来が残っています。しかし現時点での未熟な技術では問題が多いというだけです。SNS、IOT、位置情報などによりデータ量を大幅に拡張できれば、精度が格段に向上する可能性があります。Facebook事件により、直近の進捗は芳しくありませんが、注視しておくべき技術なのは間違いありません。

2)自社サイトへの投資強化

上述の通りネット広告が規制されれば、それを補うために別の集客手法を強化しなければなりません。

デジタルの集客手法は大きく「オウンドメディア(≒自社サイト)」「ペイドメディア(≒広告)」「アーンドメディア(≒SNS)」の3つに分類できますが、この中で伸びしろが大きいのは「オウンドメディア(≒自社サイト)」のみです。「ペイドメディア(≒広告)」は原点回帰により費用対効果が悪化しますし、「アーンドメディア(≒SNS)」は集客規模が小さくビジネス貢献度もまだまだ限定的です。

Cookieの利用規制を前に、自社サイトへの投資を強化する判断は正しいでしょう。しかし安易にWebサイトの「リニューアル」に飛びつくのは愚策です。Webサイトのデザインを刷新しても、自然流入は一切増えませんし、流入後のユーザ体験も改善しません。弊社が過去にリリースした研究レポートでも、単なるデザイン刷新だけのリニューアルに価値がないことを証明しています。
(参考:WebサイトリニューアルとCV・CVR向上の相関関係についての調査

自社サイトへの集客数を大きく伸ばすには、「顧客が求めるコンテンツを大量に作る」ことのみ有効です。顧客が求めるコンテンツを作れば、検索結果で上位表示され、ソーシャルで拡散され、集客に繋がります。弊社が過去にリリースした研究レポートでも、コンテンツ制作の有効性を証明しています。
(参考:B2Bサイトにおけるコンテンツマーケティングのあるべき姿についての提言

ここで注意したいのは「顧客が求める」という観点です。よくある「企業が伝えたいことだけ発信するコンテンツ」では、一切集客数を伸ばせません。検索ニーズ調査、SNSニーズ調査、アンケート調査などで、顧客が求めるコンテンツを明らかにすることから始めるべきです。

3)アクセス解析の解像度低下

Cookieの規制により、Googleアナリティクスを始めとした、Cookieを用いる顧客行動分析ツールは、機能制限を受けます。同意を得たユーザの行動しか取得できなくなり、データの解像度が落ちる懸念があります。

自社ドメインで管理する「1st party Cookie」は存続する可能性が高いため、自社が所有するサイトが複数ある場合は、それらを全て統合し、できる限りデータ量を増やす準備が有効です。

またデータの解像度が落ちたとしても、多くの企業にとってはそれほど大きな問題になりません。その理由は、アクセス解析で1人1人のユーザ行動まで細かく分析したところで、得られる発見が殆どないためです。細かいデータ分析にばかり時間を取られ、肝心の改善スピードが遅くなっているケースが散見されます。アクセス解析データの解像度低下を良い機会とし、大局観を掴むためのツールとして位置づけるべきです。

そもそもアクセス解析だけから把握できる顧客行動は限定的です。他の調査手法と併用することで、今以上に顧客の解像度を高めることができます。昔からある手法ですが、顧客アンケート、顧客インタビュー、お客様相談室のログ分析などの有用性が相対的に高まることが予想されます。

真のデジタル人材は殆どいない。採用より育成の方が速い

経済産業省は「デジタルトランスフォーメーションレポート」を2018年9月に発行しましたが、昨年はそこで挙げられた改善点への実際の対応に移りゆく年でした。その改善点のひとつは「DX人材の育成・確保」です。デジタルトランスフォーメーション(DX)の掛け声で、多くの企業でデジタル人材の中途採用が盛んに行われました。しかし、デジタル人材の人件費高騰とは裏腹に、入社後活躍している人材は多くないように見えます。昨年の論点発表でも言及しましたが、これは「企業が求めるデジタル人材」と「人材市場から採用できるデジタル人材」とに大きなギャップがあるためです。

企業が求めるのは、自社ビジネスの中にデジタルを活用できる人材です。デジタル知識のみならず事業運営経験が不可欠です。しかし人材市場から採用できるのは、Web周りのテクニックのみに詳しい人材が殆どです。企業が求めるようなデジタル人材を採用するなら、デジタルテクノロジー企業の経営者レベルをヘッドハンティングせねばなりません。それに比べれば、社内で事業運営経験のある有望な人材を、デジタル人材に育成する方が遥かに容易だと考えています。以下「Web×ビジネス人材」と「AI×ビジネス人材」の2種類に分けて詳述します。

1)「Web×ビジネス人材」の社内育成

人材市場に流通する「Web経験者」の大半は、既存のWebサイト/Web広告の運用に携わってきた人材です。既存の枠組みの中で改善することはできても、新たなビジネスモデルを構築する訓練は受けていません。

デジタルトランスフォーメーションで実現したいのは、既存のビジネスにWebを中心としたテクノロジーを活かし、ビジネスモデルごと変革することでしょう。この活動に求められるのは「既存ビジネスモデルの変革」スキルであり、Webの細かい運用知識は全く必要ありません。これまで社内で事業を変革してきたエース人材が適任であることは明白です。Webに関する基本的な知識だけなら1年もかからず習得できるでしょう。

こうしたエース人材は「ビジネスモデルの変革」に全リソースを集中させるべきです。しかしWebマーケティングの業務には、細かい運用作業が蔓延しています。例えば、誤差程度にしか成果の出ないABテストなど、意識して排除しなければ時間を奪われる業務が山のように存在します。影響の小さい業務は、意志を持って手を抜くか、外部業者に投げる判断が求められます。さもなければ貴重なエース人材が、価値を産まないルーティン業務の餌食になってしまいます。

このリソース配分の考え方は、人材市場に流通する「Web経験者」にも当てはまります。広告運用、サイト運用、SNS運用などは次々に自動化され、人材としての市場価値は下がっていきます。ビジネスモデル変革など影響の大きい領域に幅を広げるためには、成果に影響しない業務を次々に捨てる勇気が必要です。

2)「AI×ビジネス人材」の社内育成

AI人材に関しては、企業側もどんな人材を採用すればよいか、要件が明確でないことが多いように感じます。議論の土台を揃えるため、AI人材を「(1) AIの新規モデルを開発できる人材」「(2) AIの既存モデルを用いて開発できる人材」「(3) AIをビジネス活用できる人材」の3種類に分けて解説します。

まず「(1) AIの新規モデルを開発できる人材」を採用することは極めて困難です。採用コストもさることながら、大量データを持つGAFAのような企業でなければ彼らを惹き付けらません。GAFAと争う気が特にないのであれば、彼らの開発した無料の公開モデルを流用するだけでも、AIを駆使したマーケティングが可能です。

次に「(2) AIの既存モデルを用いて開発できる人材」が、日本の人材市場で一般的にAI人材と呼ばれる人たちです。彼らは既存のAIモデルを用いたプログラムを実装できます。一方で、ビジネスやマーケティングの知識はないため、何にAIを活かすか提言するスキルはありませんし、興味も持ち合わせていないことが殆どです。

最後の「(3) AIをビジネス活用できる人材」が、企業が今一番が求めるべきAI人材です。自らAIの実装はできませんが、AIで何ができるか大枠理解した上で、ビジネスへの活かし方を検討できます。この人材に求められるのは、Web×ビジネス人材と同様に「ビジネスモデルを変革する」スキルです。やはり社内で事業を変革してきたエース人材が適任です。AIの知識は、基本だけなら1年もかからず習得できるでしょう。

「(3) AIをビジネス活用できる人材」は、ビジネスモデル変革を起こす時、高確率で「あえてAIを使わない」という結論にたどり着きます。AIには長所短所が明確にあり、特に人間の専門家が経験を重ねた領域では、ルールベースに負けることも少なくありません。AI活用は目的になり得ず、ビジネスモデル変革の手段に過ぎないのです。

AIを何に使えば良いか分からないフェーズであれば、「(3) AIをビジネス活用できる人材」だけいれば十分です。初期はAIに詳しい外部アドバイザーに相談して知識を深めると良いでしょう。「(2) AIの既存モデルを用いて開発できる人材」の採用は、実際に開発すべきプロダクトの要件が決まってからでも遅くはありません。むしろ開発するものが曖昧な段階でエンジニアを採用しても、離職確率は高いでしょう。

デジタルの活用目的は、売上増加からコスト削減にシフト

デジタルトランスフォーメーションを掲げる企業が増え、デジタル活用への投資額が増大しました。広告出稿やサイト改善で、Web経由の売上が伸びた企業も多いでしょう。しかし一方で、以前からWebに注力してきた先進企業の売上は伸び悩んでいます。Web経由の売上が伸びた一方で、オフライン経由の売上が落ちた企業もあり、Webに閉じた売上増加は限界が見えています。

デジタル活用の真価は、オフラインのマーケティング手法を代替し、コスト削減できることにあります。デジタル世界に閉じて売上を増やすのではなく、新たなデジタルの活用目的を模索することこそが、大きなビジネス貢献を生み出すのです。以下「Webに閉じた売上増加活動の衰退」と「オフラインコスト削減活動の胎動」という両極の視点から解説します。

1)Webに閉じた売上増加活動の衰退

本来「Web経由の売上」を増やすことには、何の意味もないはずです。しかしWebを管掌する部署があることで、Webに閉じた売上増加活動そのものが目的となっていることが殆どです。古くからWeb活用を推進してきた企業ほどこの病に陥りやすく、売上が伸び悩んでいます。

Webに閉じてしまうことで、売上増加の手幅は狭くなります。最初の数ヶ月は大きな伸び幅が見られても、次第に効果は低減します。広告の入札調整、サイトのABテスト、接客ツールの運用など、よくて数%改善しか狙えない小粒の施策が主業務となり、担当者の「仕事をした感」だけが満たされます。

売上規模がよほど大きなサイトでもない限り、Webに閉じた売上増加活動を1年も続ければ費用対効果が合わなくなります。そうなれば早急に肥大化したWeb限定組織を解体し、デジタル活用の目的を再定義すべきです。

デジタルに力を入れる企業は、遅かれ早かれ売上増加活動の限界に気づき、変革を求められるのです。

2)オフラインコスト削減活動の胎動

デジタル活用によって最も成果が出るのは「オフラインとの繋ぎ目」の改善です。例えば、BtoBならCVポイントと営業担当者の業務変更、ECのなら商品の仕入/在庫/価格の管理、BtoCメーカーならCM効果の代替が最も重要です。

「オフラインとの繋ぎ目」の改善は、デジタル活用でコスト削減できるオフライン施策を見つけることから始まります。デジタル施策はオフライン施策に比べて、伝えられる情報の質は低いものの、圧倒的に低価格でユーザにリーチできます。このようなデジタルの特性を理解した上で、オフラインマーケティングの変革に取り組む事例が少しずつ出始めています。

以下では弊社が携わり、デジタルトランスフォーメーションで成果が出た事例の概要を3つだけご紹介します。

2-1)営業人材の代替

BtoB企業やBtoC高額商材を扱う企業では、契約に繋がらない営業担当者の無駄なアポや架電を、デジタル活用によって削減できます。見込み顧客のリードを自動で獲得し、それらの契約確度を判定してから、厳選したリードのみ営業担当者が訪問します。検討期間の長い商材では、営業担当による無駄な定期訪問を止め、ニーズが顕在化したタイミングを検知してから訪問します。

2-2)実店舗の代替

実店舗の売上が大きい企業では、新商品を紹介する機能をECに持たせることで、店舗での在庫コストを削減できます。店舗では紹介しきれない商品も、ECなら全てユーザに見せることができます。さらに新商品の売れ行きがすぐ分かるため、テストマーケティングにも活用できます。ECといえば売上をKPIに置きがちですが、このケースでは新商品閲覧点数の方が重要なKPIとなります。

2-3)TVCMの代替

BtoCメーカーなど商品認知が重要な企業では、見込み顧客にメールやSNSで定期接触することで、TVCMと同等のビジネス貢献が可能です。近年、商品のニーズは細分化され、ターゲットの数は少なくなり、そもそもTVCMのように広くあまねく人々に広告を見せる必要性はありません。見込み顧客のリストを必要な分だけ集めてしまえば、あとは無料で継続接触できるため、TVCMを打ち続けるよりも遥かに低コストです。

終わりに

2020年の論点を総括すると、これまでのWeb業界の負の遺産である「局所最適」と「技術先行」の慣習を打ち砕くべきタイミングが来たことを示唆しています。

中世ヨーロッパのルネサンスのように、古くから存在する価値あるマーケティング手法が見直され、停滞していたデジタル活用が再生することを期待し、WACULとして、研究所として、また自らとしても推進していく年にしたいと考えています。

株式会社WACUL 取締役CIO 垣内勇威
Twitter(@yuikakiuchi)