2020.06.29

対談

巨人軍グッズECのスポーツマーケティング事例 ~ 「ファン」の行動を解明する

巨人軍グッズECのスポーツマーケティング事例 ~ 「ファン」の行動を解明する

事例のサマリ

  • アンケートに回答したファンの7割はECでの購入経験があり、6割は毎月訪問しているため、新規集客に伸びしろは少ない。一方で、毎月購入するユーザは7%に過ぎず、購入確率を高めることが最も重要だった
  • 購入確率は、一人あたり商品閲覧数に比例して伸びる。そのためには、ファン別に毎日チェックしたくなる商品検索導線を増やせると良い(実際のファン行動例:ジャビット検索、おもちゃ検索)
  • 在庫切れ商品ページを定期的にチェックし、再販を期待しているファンがいる。在庫切れ商品ページのPV数を計測することで、在庫補充後の需要を予測できる
  • メールマガジンの頻度を上げてもファンにはそれほど嫌がられておらず、送った分だけファンとの接点の増加につながっていた。またメールマガジンの本文はほとんど読まれておらず、本文上部のリンクがEC訪問のきっかけとして主に機能していた
  • ユニホームやタオルの購入率は高いものの、1年に何回も購入するものではない。一方で、頻繁に購入する可能性がある日用品やアパレルは、売れ行きが芳しくない。これらの商品があまり売れていない原因は、試合観戦時に求められる「ジャイアンツ感」の強いデザインを日用品やアパレルにまで使いすぎていたためだった

対談者の紹介

読売新聞東京本社 事業局野球事業部
鳥羽 渉

2019年3月、マーケティング部新設に伴い読売巨人軍入社。マーケティング部のミッションとしてECサイト売上増加、ファンクラブ会員獲得などを担当部門とともに推進。2019年12月組織変更により部門ごと読売新聞東京本社へ出向。前職は某大手通信教育会社。

読売新聞東京本社 事業局野球事業部
横田 直道

2008年4月、読売巨人軍入社。ファンクラブ運営を経て、2016年からECサイトの開発・運営を担当。2019年3月より読売新聞東京本社に出向中。

読売新聞東京本社 事業局野球事業部
綿貫 直斗

2018年4月、読売巨人軍入社。グッズ開発やライツ管理を経て、2019年3月に新設のマーケティング部に異動。ECサイトのメイン担当として、メールマガジンやWEB広告、東京ドー ムでのサイネージ告知といったデジタル施策や、購買分析、ユーザー調査などを行う。2019年3月より読売新聞東京本社に出向中。

株式会社WACUL
取締役 垣内 勇威

株式会社ビービットから、2013年に株式会社WACUL入社。改善提案から効果検証までマーケターのPDCAをサポートするツール「AIアナリスト」の立ち上げ、その後取締役に就任。2019年に産学連携型の研究所「WACUL Technology & Merketing Lab.」を立ち上げ、所長に就任。現在、 研究所所長および取締役CIO(Cheif Incubation Ofcer)として、DXコンサルティング、新規事業や新機能の企画・開発および大企業とのPoCなど長期目線での事業開発の責任者を務める。

マーケティング部発足のきっかけは?

垣内 まずはマーケティング部の発足の流れを伺ってもよろしいでしょうか?

鳥羽 マーケティング部は、「巨人軍の様々なサービス価値向上を横断的に取り組む」ための部署です。
ファンクラブやEC、などの様々なサービスがありますが、これらはどれも単独で施策などを考えており、全てを横断的に考える部署がありませんでした。しかし、巨人軍のビジネスを大きく拡大していくうえで、長期的にファンを増やすためには、全ての部署を横串で見る部署が必要です。そこで、マーケティング部が発足しました。

認識していた課題は?

垣内 まだマーケティング部は発足1年も経っていないくらいですよね?大きな課題と認識しているのはどういった内容ですか?

鳥羽 やるべき施策は多数思いつくのですが、正しい優先度がわからない点が特に大きな課題でした。特に発足間もないマーケティング部では、人数がどうしても限られてきます。その限られた人数で成果を出すためには、優先度をきちんとつけないといけない。

垣内 施策の優先度をつけるために1つ重要なのがお客様の理解ですよね。この点いかがですか?

鳥羽 ジャイアンツオンラインストアのお客様は「読売巨人軍のファン」という、一般的なECに比べるとすでに関係性の濃いお客様です。私はもともと別の会社でデジタルマーケティングを担当していたのですが、メルマガの開封率や商品の購入率、お客様のショップ内の回り方などが全然違いました。

綿貫 他にも、お客様がすごく熱量のあるファンである以上、Web施策がブランド棄損につながってしまうような真似はできません。そのため、「売れそうな施策」を何でもかんでもやるわけにはいかないという気持ちがありました。

垣内 そのようなすでにジャイアンツの「ファン」であるお客様相手に、まだ優先度がわからないときはどんな施策を打っていましたか?

綿貫 当時はとにかくお客様の流入を増やすためにWeb広告を打っていました。あとは、流入の質を上げ、購入率も高くするために商品のリコメンド機能の設置などをしていました。

会員への顧客アンケートの結果は?

垣内 お客様のことがわからないと施策の優先度がわからないため、まず顧客アンケートをとりましたね。GIANTS ID保持者(会員)にEC利用状況を聞いたところ、結果はいかがでしたか?

綿貫 アンケートの結果わかったのは、回答いただいたファンの7割は公式ECで購入経験があり、6割は毎月暇つぶしに訪問すること。しかし毎月購入するユーザは7%に過ぎないということでした。すでにファンの7割がECで購入しているということには、とても驚きました。これまでも調査や分析は行ってきましたが、ECの直近の伸びしろを明らかにするという目的での調査はとても有意義に感じました。

垣内 これは面白い結果でしたよね。既に7割のファンに購入経験があり、6割のファンが訪問しているというのは、言い換えるとファンの中での新規の伸びしろがあまりないということです。同時に、「毎月訪問しているにもかかわらず、7%しか定期的な購入をしていない」ということは、チャンスを活かしきれていないともいえます。この時点で、”新規獲得のための広告よりも、既存顧客の購入率を高める施策の優先度が高い”という目途がつきました。

鳥羽 ちょうど新規のために広告を打とうとしているところでした。ただ、オンラインストアでグッズを買うのは基本的にファンである以上、そこに伸びしろがない。すでに7割のファンが訪問しているわけですからね。簡単なアンケートで自分たちの大きな優先度に気づけたのはとても助かりました。

ユーザの行動を直接見た結果は?

垣内 アンケートで大枠のユーザ属性が分かった次に行ったのが「ユーザ行動観察調査※」でしたね。ECに訪問するファンを呼び、ユーザ行動観察調査を行いましたが、どんな発見がありましたか?

横田 本当に多くのことに気づけました。例えば、在庫切れの記念グッズ1つだけを、グルグルとサイト内を回遊しながらずっと探しているお客さんがいて。在庫切れの商品ページに価値があるとは思ってなかったので、驚きでした。これは本来買っていただけるはずだった機会を逃していますし、お客様には商品を見つけられずサイト内を回遊させ続けるというストレスを与えてしまっていたわけです。
正直、購入された商品の対応などのオペレーションに、自分自身の気持ちも業務も取られてしまっていたと感じています。しかし、その裏側にいるお客様の行動をもっと大事にするべきだったなと反省しました。

垣内 このお客様の動きは御社特有だと思うのですが、本当に面白いですよね。
とある記念品がどうしても欲しいので、在庫切れの商品ページに毎日訪問する。ということは、まず売り切れの商品ページの閲覧数(PV)を検知しておき、PVが多いようであれば再販したり、類似商品を作ってメルマガで告知したりすれば、まあまず買っていただけると思います。

横田 そうですね。結局「人の気持ち」をどこまで理解することができるかが重要なんだなと再認識しました。一方で、お客様が毎日のように楽しみに商品を買いに来てくれるのはすごく嬉しいですし、やりがいを感じます。

垣内 数字だけ追って、お客様のことを「PV」とか呼んでしまう不届きなマーケティング担当者がよくいますが、重要なのは一人一人のお客様。残念ながら、偉そうな机上の空論ではひとりひとりのことは到底わかりません。必ずお客様一人一人と直接向き合うべきです。
あと、御社の商品の場合はファンがすごく喜んで買ってくれるというのも素晴らしい点ですよね。たまに、やはり、どうしても、お客さんのためにならないような商品をごり押しして売る現場なども見ますので…。

綿貫 確かにその点、すごくやりがいがある仕事だと思っています。ファンの方の中には、毎日同じ商品を見ているというお客さんもいました。「毎日気分が変わるので、今日は買うつもりなくても明日は買いたくなるかもしれないから一応毎日見るんだ」と言っていたと思います。他にも毎日「ジャビット」と検索するお客さんもいましたし、”子供を巨人ファンに洗脳する”という目標のために毎日新しいおもちゃを探しているという人も。
ここでわかったのが、お客様が自分のルーティーンを持っているということでした。

効果検証をしつつ、無駄な行動を省いていく

垣内 そうですね。そして、お客様それぞれのルーティーンで回遊を自由にするので、”とにかくサイトに来てもらう”ことができれば良さそうです。また、メルマガの頻度を上げてもメールの開封率は下がらないし、本文からECのリンクをクリックする割合(CTR)も下がらないということも調査の中でわかりました。
そこで、メルマガの配信頻度を上げて、その代わりに1回に掲載する商品数やデザインへのこだわりを減らしましたね。

綿貫 そうですね。正直これまでメルマガの「デザイン」や「商品紹介コメント」などにこだわっていたので、長時間作業が続いていました。ただ、ユーザ行動観察調査で分かったのは”読者はすごい勢いで読み飛ばしている”ということです。メルマガ読者であるファンたちは、新着商品が見たい人ばかり。なので、極論ですが新着商品をメール冒頭に2つ載せたらほとんど終わりで良いくらいになりそうなんです。なので、もっと手間を減らしつつ、配信回数を増やしていこうと思っています。

鳥羽 ファンクラブなど別のメルマガなどもある中、ECのメルマガを増やすことは考えもしていませんでした。こういうのって自社だけだと気づきにくい点なので、WACULさんにお願いしてよかったなと思う点ですね。

メルマガ自体はまだ強い集客力を持つ

垣内 メールは昔よりも存在感が薄れているといわれていますが、実はまだまだ強いです。頻度を上げてみて、開封率やサイトへの送客率がどれだけ減るかなどは試してみる価値が大きいと思います。
また、正直世の中のマーケティング担当者は無駄な作業をしすぎですね。やるべきことが無限にある中で、きちんと成果を出す。そのためには施策や作業の効果の有無を検証しつつ、効果的に”さぼる”必要があります。メールで商品を毎回全部掲載するとか、冒頭文にこだわるとかほとんど無駄なので、すぐにやめましょう。その上で、数値がどうなるかを検証し、必要だったら復活させればいいだけです。

綿貫 実際、ユーザ行動観察調査をしてみたら、悲しいくらいに全員にメールの本文は読み飛ばされていましたね…。なんとなく頭ではわかっていたものの、あれだけ時間をかけていた内容をここまで誰も読んでいないとなると、結構ショックでした。

垣内 やっぱり読んでませんでしたね…。
また、メルマガからECを訪問しても買わない理由も色々わかってきました。先述の「在庫切れ」以外にも商品デザイン面などがあったと思います。

「ジャイアンツ感」の押し付けは嫌われる?

綿貫 我々としては「よりジャイアンツらしいものが良いのではないか」という思いから、オレンジっぽいものや、YGとロゴが大きくプリントされたようなものを積極的に作っていました。ただ、そういったジャイアンツらしさに溢れたグッズは評判がよくないものも多かったです。
特に”日常的に使いにくい”という声が多かったですね。
確かに「球場に応援に行くとき」と「普段着る時」では気持ちが全然違うもの。球場に応援に行くときには気分を上げるためにもジャイアンツがドンと目立つようなデザインで、普段は洋服の裏地にこっそりとYGマークがあるデザインで十分だということです。このことって一見当たり前なんですが、恥ずかしながらお客様に言われてはじめて気づきました…。

垣内 ユニホームは年に何回も買うようなものではないですし、購買頻度を上げるには日常で使える服を増やしていくのが良いと思います。例えばお祭り的に買うユニホームは、巨人軍の優勝などコントロールできないものに売上が左右されやすいです。一方で日常使いをする洋服であれば一般的なアパレルのECと同じなので、コントロールしやすく、売上アップのために何をしていいかがわかりやすいです。なので「日常使いの商品」の売上を大きくできるとビジネスとしての安心感があります。もちろん、ユニホームなどのお祭り商品の爆発力は強いので、両方とも大事にするべきです。

綿貫 そうですね。今回のアンケート内容もグッズのメーカーさんにフィードバックできればと思っています。

垣内 そういえば御社は商品の企画担当と、ECの担当の距離がすごく近いのも強みですよね。メーカーだと、商品の企画担当者とECの担当者のコミュニケーションがとれていないことがよくあります。そのため、購入者からのフィードバックが、現場のEC担当からうまく商品企画担当まで回らず、商品の改善がされない。改善がされず、売れない商品をEC担当者は無理矢理売り続けなければならない。という状況に陥っているところが意外と多いです。

綿貫 たしかにうちは商品企画担当とEC担当の距離はかなり近いですね。もはや自分で作った商品を自分で売るような感覚です。

垣内 個人的には、ECの強烈な伸びしろは「商品」か「値引き」だと思っていまして。これらの施策は売上を昨対比で200%にするような可能性があります。もちろん導線の変更とかも重要なのですが、それで上がるのってせいぜい10%や20%なんです。それなのにお客さんと相対しているECの担当者が、商品開発に積極的に関わらないのは非常に機会損失だと考えられます。

垣内 それでは、最後に今後力を入れていきたいところを伺ってもよろしいですか?

鳥羽 今後はユーザ調査にもっと力を入れていきたいと考えています。やっぱりお客様と直接しゃべらないと理解できないということを強く痛感しましたので…。ついつい目の前の売上を大きくするための業務効率化などに目が向きがちなので、もっとしっかりとお客様の声を聴きながら商品解説のPDCAを回していくなど、しっかりと向き合っていきたいと思います。