稟議通過率を左右するのは「キーマン1on1」。資料の事前共有では差がつかない|マーケティング組織の実態調査

調査に至った背景

マーケターは「社内調整」に日々追われている

マーケティングとは本来、顧客に向き合う仕事である。しかし実態は、上司への説明や他部門との利害調整、稟議の根回し、外部パートナーとのすり合わせといった、「社内」「外部パートナー」に向き合う仕事が大半を占めている。施策がなかなか進まない原因の多くは、こうした調整業務にあると言える。

では、実際のところ「社内調整」はどこで詰まっているのだろうか。自社事業のマーケティングに携わる担当者70人へのアンケートで、その実態を調査した。

調査結果 - サマリ

現場マーケターの9割が「会社の戦略に違和感を覚えたことがある」

「会社や部門の戦略方針に違和感を覚えた経験はありますか」という質問に対し、9割が「経験あり」と回答した。従業員規模や業種で分けても傾向は変わらず、戦略への違和感は特定の組織に限った話ではない。

経営は現場の声を戦略に反映しているつもりだが、一般社員の7割はそう感じていない

戦略に現場・顧客の声が「反映されている」と感じる人は、経営〜部長層で72.2%、中間管理層で52.8%、一般社員で31.2%と、役職が下がるほど少ない。一般社員の7割は「現場・顧客の声が戦略に反映されていない」と感じており、経営と現場の間にギャップが生じている。

8割近くが部門間の対立を経験。最も多いのは「情報・データが繋がらない」で75.7%

直近1年でマーケ部門と他部門との間に対立・すれ違いを経験した人は78.5%にのぼる。対立のパターンで最も多かったのは「部門間で情報・データが繋がらない(75.7%)」。次いで「他部門から成果物を批判される(42.9%)」「主導権や領域を争う(30.0%)」が続いた。

他部門のメリットをKPIに組み込んでいない・わからない人が6割超

例えばマーケのKPIを、営業にとってもメリットのある「有効商談数」に置けば、営業の協力を得やすくなる。しかし「自部門のKPIに、協力してほしい他部門のメリットが組み込まれているか」を聞いたところ、「組み込まれていない」が28.6%、「どちらとも言えない・わからない」が34.3%で、合わせて6割を超えた。

稟議通過率を左右するのは資料共有ではなく「キーマン1on1」の有無

稟議の前にキーマンと1対1で懸念を吸い上げた人は、しなかった人より「稟議が8割以上通る」割合が9.9ポイント高かった。一方、資料を事前に送付・共有するだけでは、通過率が高くなる傾向は見られなかった。

炎上を何度も経験した人は、期待値と関係性をよく確認している

プロジェクトを炎上させないためにPMが見るべき7項目の確認頻度を、炎上を複数回経験した人とそれ以外で比べたところ、差が大きかったのは期待値(+0.45点)と関係性(+0.43点)だった。ゴールやスケジュールは誰もが確認している一方、炎上を何度も経験した人は、目に見えにくい部分まで確認している。

外部パートナー(広告代理店)への配慮は「予算枠の事前共有」73.3%が最多

広告代理店と契約している30人に、代理店への配慮として実施していることを尋ねると、「予算枠の見通しを事前に共有」が73.3%で最も多かった。一方、「フィー以外の価値を提供」は33.3%、「担当者の実績になるよう事例公開を許可」は30.0%と、いずれも3割にとどまった。

調査概要

調査結果 - 詳細

回答者属性

回答者70人の属性は以下のとおりである。

戦略の迷走

「何度もある」40.0%、「数回ある」50.0%と、合わせて90.0%が違和感を経験していた。「ほとんどない」は10.0%にとどまる。役職別に見ると、一般社員(n=16)は全員が違和感を経験していた。

「ある程度反映されている」50.0%と「あまり反映されていない」40.0%が拮抗した。「まったく反映されていない」4.3%を加えると、4割強(44.3%)が、現場・顧客の声は戦略に反映されていないと答えた。

役職別に「反映されている」と感じている人の割合を見ると、経営〜部長層72.2%、中間管理層(課長・係長・主任)52.8%、一般社員31.2%と、役職が下がるほど低くなる。経営〜部長層は「声を聞いている」と感じていても、現場は「聞かれていない」と感じている。経営と現場の認識ギャップが見える。

部門間の内戦

「頻繁にある(月1回以上)」27.1%、「時々ある」51.4%と、8割近く(78.5%)が対立を経験していた。

最多は「部門間で情報・データが繋がらない」75.7%だった。次いで「他部門から自部門の成果物やアウトプットを批判・疑問視される」42.9%、「他部門と主導権や領域を争う」30.0%と続く。

なお、選択肢外の自由記述には、対立の中身をより生々しく表す次のような声も寄せられた。

  • 争うというよりも押し付けあう。自部門に関連することでも非協力的。

  • 協力内容、提案内容に対する相手方部署の部門長からの反対解答。

「組み込まれている」37.1%、「組み込まれていない」28.6%、「どちらとも言えない・わからない」34.3%と回答が三分され、「組み込まれていない」と「どちらとも言えない・わからない」を合わせると6割を超える。KPIを決める立場の経営〜部長層でも、38.9%が「どちらとも言えない・わからない」と答えている。

社内調整と根回し

最も多かったのは「キーマン(意思決定者)と1対1で話し懸念を吸い上げた」64.3%、次いで「関係者へ定例会議等で事前に話し懸念を吸い上げた」61.4%だった。書面での事前送付を上回り、対話ベースでの懸念吸い上げが主流である。

「8割以上通っている」48.6%、「6〜8割通っている」28.6%と、合わせて77.2%が6割以上の通過率を維持している。

事前準備行動の総数(0〜4個)と通過率には、単純な相関は見られなかった。そこで4つの事前準備行動ごとに、実施した人と実施しなかった人の高通過率(8割以上)を比べると、結果は2つに分かれた。

「話して懸念を吸い上げる」2つの行動は、いずれも実施者のほうが約10ポイント高い。一方で「資料を送る・共有する」2つの行動は実施者のほうが低く、「関係者へ事前に資料を共有した」では実施者36.4%に対し未実施者62.9%と、26.5ポイント下回った。稟議の通りやすさを分けているのは、資料ではなく事前の対話だと言える。

内部PM人材

「自社の社員が担当している」78.6%が圧倒的多数。「PM役を明確に置いていない」10.0%、「社内・外部どちら側にも」8.6%、「コンサル委託」はわずか2.9%にとどまる。従業員規模別に見ると、中小企業(〜300名)では83.3%が自社社員でPMを担っているのに対し、大企業(1,001名〜)では70.4%まで下がり、外部委託や「PM役を明確に置いていない」の比率が高くなる。

「ある」と回答した人は78.6%、「ない」は21.4%。大半にPM経験がある。

各項目の確認頻度を「毎日確認」3点、「週次〜月次で定期的に確認」2点、「必要があるときに確認」1点、「確認していない」0点で配点し、平均スコア(最大3点)を算出した。最も高かったのは「スケジュール」1.87、最も低かったのは「リソース(人・モノ・お金の不足や偏り)」1.51だった。

「複数回ある」20.0%、「1〜2回ある」32.7%と、52.7%が炎上を経験していた。

炎上経験別に7項目の確認頻度の平均スコア(0〜21点)を見ると、「1〜2回ある」11.56、「ない」11.10とほぼ同水準である一方、「複数回ある」の平均スコアは13.64と突出して高い。

項目別に見ると、差がついたのは目に見えにくい項目である。スケジュール(+0.16)やゴール(+0.18)は、炎上経験に関係なく誰もがよく確認している。一方で期待値(+0.45)・関係性(+0.43)・リソース(+0.39)は、全体では確認頻度が低いが、炎上を複数回経験した人はよく確認している。

外部協力者

制作会社(Web・クリエイティブ)58.6%が最多、次いで広告代理店42.9%、コンサル40.0%、システム会社38.6%と、複数種類の外部パートナーを並行利用している現場が多かった。

「予算枠の見通しを事前に共有」73.3%が最多。「担当者の実績になるよう事例公開を許可」30.0%と「フィー以外の価値を提供」33.3%は3割にとどまった。予算の見通しを伝える配慮に比べ、事例公開の許可や他社紹介・スピード決裁など、フィー以外の形で代理店にメリットを渡す配慮を実施している人は少ない。

「案件開始時期を事前に確定」62.2%が最多。「継続的な発注を意識」44.4%と「スケジュール変更を最小限」42.2%は4割台にとどまった。開始時期の確定に比べ、継続発注やスケジュールの安定といった、制作会社の稼働に関わる配慮を実施している人は少ない。

本調査の提言

現場で見つけた課題は、戦略の材料として上司に届けよ

本調査では、戦略に現場や顧客の声が「反映されている」と感じる一般社員は31.2%にとどまった。一方で上司は、戦略を考えるための現場の情報を常に求めている。よって現場の担当者こそ、顧客や他部門と接する中で見つけた課題を、上司に届けるべきである。裏づけとなる数字や顧客の声、打ち手の案まで添えれば、上司はそのまま戦略に生かせる。

自部門のKPIに、協力してほしい部門のメリットを組み込め

他部門は、自分たちにメリットがない限り本気では協力してくれない。にもかかわらず、他部門のメリットをKPIに組み込んでいない・わからない人は62.9%にのぼる。よって、まずは協力してほしい部門が追っている数字を聞きにいき、相手の数字も一緒に伸びる形で自部門のKPIを組み直すべきである。

稟議資料を作る前に、キーマンと1対1で話せ

稟議を通すために、資料づくりに時間をかける担当者は多い。しかし本調査の結果を踏まえると、稟議の通りやすさを分けているのは資料ではなく、キーマンとの1対1の対話だと言える。よって起案を決めたら、資料を作り込む前に、キーマンと1対1で「どこが引っかかりそうか」を聞きにいくべきである。

PMは、納期ではなく「期待のズレ」と「信頼の揺らぎ」を追え

プロジェクトの納期は、誰に言われなくても確認するものだ。しかし関係者の期待や信頼関係といった目に見えにくい項目は、意識しなければ確認が後回しになりやすい。本調査でも、炎上を何度も経験した人とそれ以外とで、この2項目の確認頻度に差が見られた。PMは、7項目(ゴール・スコープ・スケジュール・期待値・品質・リソース・関係性)を定期的に見直し、小さな違和感を拾う習慣を持つべきである。

WACUL 代表取締役 垣内のコメント

どれも想像通りの結果でしたが、あらためて組織が機能不全に陥っている企業が非常に多いことが証明されました。組織として動く以上、どこに行っても上記のような課題が生まれることを理解しなければなりません。隣の芝は青く見えるかもしれませんが、社内調整のない組織なんてありません。どれほどよい社風の会社でも、いくら経営者ががんばっていても、それだけで組織課題を全て解決することはできません。どんな環境に身を置こうと、自分が持ちうる責任と権限で、できる限りの立ち回りをするしかないのだと思います。

Appendix:マーケ組織を止める「5つのデッドロック」とは

本調査のベースとなる書籍『なぜ定石だけでは組織は動かないのか?』(垣内勇威著、日本実業出版社、2026年8月)で提示されている、5つのデッドロックそれぞれに対する「本来こうあるべき」姿を要約する。書籍で提示されたこの理想像と、本調査で見えた現場の実態のギャップを、本編の調査結果とあわせて確認してほしい。

1つ目:戦略の迷走

役職者は正しい戦略を描きたくても、現場や顧客の一次情報が慢性的に足りない。だから外部コンサルやベンダーに頼るが、彼らは自分の商材を売りたい立場なので利益相反も起きる。結果、現場感覚とズレた戦略が上から降りてくる。

戦略は、現場の担当者が自分の足で他部門や他社に踏み込んで「材料」を集め、それを役職者に届けるべきものだ。自分で戦略を叫ぶのではなく、経営者に「わが社の方針」として全社に宣言してもらう。予算の策定まで担当者が一緒に手伝って、初めて戦略はレールに乗る。

2つ目:部門間の内戦

強い部門(多くの場合は営業)は短期売上のKPIだけを追う。これは経済の摂理として自然なことだが、放置すると全社の長期視点や顧客視点が失われる。マーケが「顧客のために」と提案しても、営業のKPIとぶつかって話が進まない。

組織の設計は、人事の議論をする前に「KPI」「権限」「文化」の3つで力学を組む。KPIは「短期売上」「他部門との協働」「長期成果」「顧客満足」「相互監視」の5つの視点でバランスよく設計する。「権限」で強引な施策にブレーキをかけ、「文化」で数字に表れない大切な役割を守る。

3つ目:社内調整の軽視

「昼の会議で正論を語れば稟議は通る」と信じている担当者は多い。しかし現実は逆で、会議前の1対1の根回しで既に決着がついている。準備の入り口を間違えたまま資料作りに時間を注ぐと、通過率は上がらない。

社内調整は「社内向けのマーケティング」として設計する。書籍が示すのは6つの技術だ。何を通すか設計する「目論見づくり」、キーマンと日常的につながる「親交」、社外の権威者や顧客の声を集める「説得材料」、会議前の1対1で合意する「根回し」、下手に出て手柄を渡す「気遣い」、上司が率先して動く「背中」。この6つで稟議は決まる。

4つ目:内部PM人材の不在

プロジェクトが炎上しても、PMをコンサルや外部人材に丸投げして凌ごうとする。しかし外部PMは組織の力学を理解できないので、根本的には機能しない。結果、社内にPMのスキルが貯まらず、炎上の再発を繰り返す。

PMは社内で育てる。社員に炎上寸前のプロジェクトを経験させ、その中で「小さな違和感」を早期に察知する感度を磨く。推進時に日常的にチェックすべきは7項目(ゴール・スコープ・スケジュール・期待値・品質・リソース・信頼)。どんなに小さな違和感でも見逃さず、その場でキーマンに相談することで初めて炎上は防げる。

5つ目:外部プレイヤーとのすれ違い

外部パートナー(広告代理店・制作会社・システム会社・コンサル)とは、そもそも利益構造が違う。代理店は手数料で、制作会社は稼働時間で稼ぐ。この行動原理を理解せずに発注すると、両者の期待がズレて成果が出ない。

外部パートナーとの間には必ず利益相反が生まれるという前提に立つ。相手の行動原理を理解して、期待値のズレを調整し続けることが仕事だ。ゴールの共有、スコープの丁寧な調整、スケジュール厳守、値切りではなくスコープでの予算交渉、信頼の醸成。この積み重ねで、有能な担当者がアサインされる。ツールは「思想」で選び、コンサルの役割は自ら定義する。

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